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第七部:退院、本当に退院。
今回特別編集編。下に行くほど古くなってます。


退院、本当に退院。

「よしまさくん、もう有休ないよ。」

ボクの退院は突然やってきました。契約社員である自分は入院してる間 給料出ないので全て有休を使ってました。その有休がもう無いという事です。退院するしかありません。全ては生活の為。金無きゃ生きていけないし。

「病院には実家で療養する。」と偽って退院しました。会社に戻るつったら止められると思ったからです。

ちなみに出社したら減給が言い渡されました。




退院した時は特別な感慨も開放感もありませんでした。治って退院したのではないのでコレからの生活の方が不安でした。


1ヶ月ぶりに戻った部屋は異常な程狭く感じました。

不気味な程の静けさ。国道沿いの病院だったので常時鳴り響く車の騒音に逆に慣れてしまってたのでしょう。


街を歩いてもその速さについていけません。皆が平気でぶつかってきます。


一番の不安は食事と洗髪でした。体は拭けばなんとかなりますが片手で頭を洗うのは難しいと思ったからです。食事は全てコンビニでした。いいも悪いもそれしか選択肢が無かったからです。


その頃のボクの左腕は全く機能してませんでした。2倍ぐらいに腫れ上がってしまいまともに握ることも出来ませんでした。

歯でビニールを食いちぎり片手で箸を割って食べるような状態。

片腕の機能を失っただけで生活の全てが苦痛になりました。何をするにしても片腕をかばう生活。「サイフを取り出して金を出す」その程度の煩わしさも積もり積もると大変なモンでした。

そんなこんなでケガの本当の洗礼は退院後にやってきました。片手で一人で生きるのは予想異常に大変でした。

そんな自分を支えてくれたのはやっぱり友人でした。

「コンビニしか食ってない」と言ったらその晩に材料持ってメシ作りに来てくれる友達。ダンボール箱いっぱいに食料を送ってくれたアドビのみんな、仕事中メールを書いてくれたササノさん、カワシマさん。ノムラやムカイは頭洗うの手伝いにきてくれたり、コモリ嬢には携帯メールでいつも励ましてもらったり。

みんなの心づかいがなければとっくにツブれてたと思います。


腕が完治するのはまだまだ先になりそうなんですが、一つの区切りとしてここでお礼を言わせていただきたいと思います。

本当にみんな心から愛してます。本当に本当に本当にありがとうございました!!




1/28 退院。

(2001/01/28)

そして次回から新シリーズ!完治への道!!

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