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太陽の塔ですね 【2005/07/07】
オーサカ行ってたんですよ。 「仕事」でね。 平たく言うと「出張」。遡る事半年前完全遊びだった前回と比較し、今回は純度100%な完全仕事状態!!!ちなみに仕事は九時から九時!自由な時間などほとんど無く、唯一許された時間は最終日の新幹線に乗るまでのわずかな時間!!!! こんな差し迫った状況の中、ピンポイントで選択したこの場所が、前回自分が来阪した際に唯一行き忘れた場所、万博記念公園、そう岡本太郎の太陽の塔だ!!!!
■何故太陽の塔なのか?
つーか、その前に太陽の塔を知らないアッパラパー達に簡単に説明しておくとさかのぼる事35年前、「大阪万博」という万博史上最高の入場者数を誇る超巨大イベントのまさにシンボルとして君臨していた超巨大オブジェクトなのだ!!!
そんなボクのものすごい期待とはウラハラに大阪の方々の反応はいたって冷淡!!!! 「そんなとこ行ってどうすんの?」的な反応や、「単なる公園ですよ」的な反応で、今ひとつドカンと来る手応えがない!!!!
幼少の頃から見慣れてる彼らには面白くもなんともない物体なのかもしれないが、違うんだ!ぜんぜん違うんだ!オレは見たい!とにかく何があろうと見てみたいのだ!!!!

■どのくらいでっかいか?
何しろサイズがでかい!!!!

上の比較イメージではいまひとつ迫力が伝わってきませんが、とにかくデカいのです!!! 自由の女神(土台抜き)なんてメじゃねぇ!!!

まぁデカさ勝負を始めてしまうと牛久大仏にはかなわないのですが、

そんな事はどーでもいいんだ。 問題はサイズじゃねぇ!!! 太陽の塔って雰囲気的に「あっちゃいけないもの」だと思うんですよ!よくワカランが本能的に巨大化させちゃいけない雰囲気とゆーか!!! 500円玉が1mあったら不気味だと思う!耳かきが丸太ぐらいのサイズだと不自然だと思う!!! それと同じよーな空気をこの「太陽の塔」に感じるのです!!! 巨大化させちゃイケナイものを巨大化させてしまった不自然さというか・・

そもそもこの塔は、当時の万博主催者が製作者「岡本太郎」に対して「好きにやっちゃってください。」のひとことを発してしまっただけにこんなベラボーなモンを作られてしまったらしいです。塔全体のサイズも最初はこんな大きさじゃなかったそうですが、いつのまにかコンなサイズに。。



↑強引な方のようです。ちなみに彼は40歳の頃に出会った 「縄文式土器」に強く影響を受けたそうで、彼の作品は力強く骨太、そして強烈な毒とインパクト、そして印象的な色彩、
自分が「青山のしめじ」と形容している「青山学院」の前にある「こどもの城」前のオブジェも彼の作品です。



ちなみに「太陽の塔」は大阪万博当時は、↓



・・こんな屋根に囲まれてたみたいなんですよね。

ただここでひとつ問題があって、太陽の塔はもともとは"この屋根の下に収まるようなサイズ"にしてもらう予定だったみたいなのです。屋根の高さは30m。つまり30m程度のオブジェを作って欲しかったようなのですが、実際岡本側から提示されたのは屋根を大幅に突き破る65mという倍近いサイズ!!! 「遠くから見えなければ太陽の塔の意味がない」という彼の確固たる信念がそこにあったそうなのですが、反発したのは当然建物の設計者!!!! この大屋根の設計者も丹下健三さんという世界的に超有名な方が担当していたのですが、真っ向からぶつかるワケですよ!!!! 結局最後は岡本氏の意見を飲む事になったようで、後に丹下氏も「穴を開けたのは正解だった」と回顧しているようですが、ここでもし岡本氏の意見が受け容れられていなければ、「太陽の塔」も今のような位置づけにはなってなかったかもしれません。

■ちなみに大阪万博とは・・
来場者数6421万8770人、←ちなみにこの記録は世界中で行われた万博の中でも最高記録だそうで、この記録は今でもやぶられていません。日本人の60%が行ったという計算になるそう。 参考までに「つくば万博」が2,033万人、1990年の大阪「花と緑の博覧会」が2,312万人、つまり大阪万博はその三倍以上もの人を集めていたという!!

あらゆる建築や科学技術が登場したのも大阪万博!!!

「動く歩道」や携帯電話の原型となった「ワイヤレスフォン」、後に東京ドームへつながる「エアドーム」が登場したのも大阪万博。ケンタッキーフライドチキン第一号店も大阪万博に出店したのが最初だそうで!つまりなんか楽しげなんですよ!

その象徴だった太陽の塔!是非是非見てみたいじゃないッスかあ!!!




続きます!!!

次回予定→「ところで「万博」ってナンだ??」


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愛知万博マスコットキャラクターモリゾー&キッコロ 【2005/07/08】
そーいえば万博ってナンだ??? 「万博」の話しになると必ずといっていい程「何年か前にあった○×博ってのは万博じゃないの?」とか「昔□△博ってのに行ったなぁ・・あれって万博だよね?」的な質問をされるのですが、(○×や□△の中には「つくば博」や「花と緑の博覧会」などが入ります。)正直なところ「万博」というものの定義がいまひとつよく分かりません。なんだかんだ言ってしょっちゅうやってるじゃないッスか!!!! 日本国内で「~博」と名のつくものをザッっと列挙するだけで、

①神戸ポートアイランド博覧会(1981年)
②つくば万博(1985年)
③瀬戸大橋博覧会(1988年)
④ならシルクロード博覧会(1988年)
⑤横浜博覧会(1989年)
⑥広島 海と島の博覧会(1989年)
⑦名古屋 世界デザイン博覧会(1989年)
⑧大阪花と緑の博覧会(1990年)
⑨くらしの祭典多摩博覧会(1992年)
⑩淡路花博(2000年)
⑪北九州博覧祭(2001年)
⑫山口きらら博(2001年)
⑬浜名湖花博(2004年)

とまぁ、まさに超乱立状態で はっきり言って既にありがたみはゼロなのですが、果たしてこれらみんなが「万博」なのでしょーか? いや、なんとなくだが違う気がする!絶対違う気がする!!!天下の「万博」がこんなに無駄打ちされていーハズが無い!!!! というワケで例によって例のごとく調べた自分なのですが、さあ!正解から先に言います!!!!
この中で「万博」と呼べるのは「科学技術博覧会(通称 つくば博)と、「花と緑の博覧会(通称大阪花博)」のみ、それ以外は万博でもナンでもありません!!!


■万博その定義:万博かどうかはここで決まります
パリに本部がある「世界博覧会協会(通称BIE)」という団体に認可されてるかどーかで決まります。



この団体に認可されてるかどーかが万博かどうかの分かれ目なんですね。

この考えで行くと、上記博覧会の中で「世界博覧会協会(BIE)」の許可を受けて運営が行われたのは、「大阪万博」「科学技術博覧会(つくば博)」「花と緑の博覧会(大阪花博)」の三つ、つまりこの三つだけが「万博」と呼べるものなのです。





じゃ↑の三つ以外の博覧会は何て呼ばれるかというと「地方博」という呼ばれ方をします。万博でもナンでもありません。 単なる「お祭り」なんですね。

もちろん入場者数が多かろうと少なかろうと地方博は地方博で、「横浜博」とか「神戸ポートアイランド博覧会」はそれなりにでっかかったよーですが、所詮は地方博 です。万博でもナンでもない。


ちなみにほっっっっとんど知られてないのですが「沖縄国際海洋博覧会」というネットで調べてもほとんど情報が出てこないマイナーな博覧会があったのですが、意外な事にこれは万博だそうです。



・・というワケで、↑上の「沖縄国際海洋博覧会」 と、今回の「愛知万博」 を合わせて、日本じゃ合計で五回の万博を行ったという事になります。



つまり我々は万博大好きって事ですよ。こんなにやってる国って他に無いんじゃないかなぁ。。?万博の何がそこまで日本人の心を引きつけるのだろーか??


・・とりあえず↑の図を見ていただいて分かる通り、日本で行われた万博は計五回、よって今回の愛知万博は前回の大坂「花と緑の博覧会」から数えて15年ぶりの万博という事になります。 ところが実際テレビじゃ、大阪万博から数えた「35年ぶりの万博」みたいな表現がバシバシ使われてるワケですよ!←もちろん正しくない。

ただこの「35年ぶりの万博」という表現、確かに厳密には違うのですが、まんざら間違ってるとも言い切れない部分もあるのです!

その解説を↓以下!!! けっこう面倒なので覚悟して読んでください!!!


■「万博」と言っても更に二つに分ける事が出来る -- 一般博と特別博
「万博」と言っても「規模」や「テーマ」によって更に二つに分類する事ができるのです。

「一般博」「特別博」 というヤツ。「一般博」「特別博」の違いはまぁ細かい違いはいろいろあるよーなのですが、大ざっぱに言ってしまうと、扱うテーマによって分類されます。

・テーマが広い → 「一般博」
・テーマを一つにしぼらないといけない → 「特別博」

つまり「一般博」「愛」とか「人類」とかめちゃくちゃ範囲が広くてもOK、 それに対して「特別博」「科学」とか「花」とかマトを絞らなければならない。 「一般博」"一般" って部分は「一般的なテーマ」 って意味の一般「特別博」"特別"「特別なテーマ」 って意味の特別

・・って感じだと思います。

この考えで行くと日本で開催された五回の万博は以下のように分類する事ができます。



「大阪万博」「愛地球博」は → 「一般博」
それに対して「沖縄海洋博」「つくば科学万博」「大阪花博」は → 「特別博」と分類されます。確かに「沖縄海洋博」や「つくば科学万博」「大阪花博」には「海」とか「科学」とか「花」とかが入ってますしね。

つまりテレビでよく言う「35年ぶりの万博!」 というのは正しくなくて、正確には「35年ぶりの一般博」という表現が正しいのです。

ただね、書いてる自分もイヤになってきたんだけど、厳密に言うと「35年ぶりの一般博」という表現も正しくない んですよ!!!!


■最近になって万博の分類法が変わりやがった!!!
「万博」ってヤツは「国際博覧会条約(1928年制定)」 という条約でルールが決められてるのだけど、その中の分類の仕方が「一般博と特別博」という分類の仕方から「登録博と認定博」という分類に変わったのです。

大ざっぱに言うと、

登録博→(旧)一般博(テーマ大)
認定博→(旧)特別博(テーマはひとつ)

・・という位置づけになるのですが、そう考えると今回の「愛地球博」、普通に考えればテーマがデカイ方の「登録博」って事になるのですが、ややこしい事にこのように分類の仕方が変更になったのが、愛地球博の申請をしたちょっと後の事だったよーなんです。しかも更にややこしい事に、「愛地球博」、なんと最初は「特別博」(テーマがひとつの方の)として申請していたのですが、制度の変更に合わせて「登録博」(旧一般博。テーマがでかい方)に切り替え、結果、「特別博 兼 登録博」なんてよく分からない分類のされ方をされております。

つまりややこしいんです。 だからテレビの人は特別博だとか一般博だとか、ゴチャゴチャ説明してもたぶん理解してもらえないだろーと判断して、 「35年ぶりの万博!」って表現使ってるんじゃないかなぁ・・?

まぁ 「35年ぶりのでっかい万博!」 ・・って言い方程度でいいと思います。



■ちなみに「国際博覧会条約」で決められているルール
さて、話しは全く変わって「万博のルール」についてですが、「万博盛り上がったから来年もやっちゃう!!!!」とか「めちゃくちゃ客入ってるから会期延長!!!」 とか、そういう事は「国際博覧会条約」で禁止されていたりします。

「開催期間」についても細かく指定されてますし、万博と万博の「間隔」についても、例えば「一般博」の場合は全世界で五年に一度、同じ国の中では前回の開催から20年以上時間を空けないと開催できないという決まりがあります。

「毎年やりたい!」とかそういう事は不可能!!!

オリンピックが四年に一度なのと同じよーに万博も「間隔」を開けないといけないんですね。


万博奥が深いなぁ!!!


■ちなみに、その①



有名な話しかもしれませんが、エッフェル塔ってパリ万博で登場したシロモノみたいですね!!! こんなところにも万博の遺産が!!!

■ちなみに、その②
ちなみに「横浜みなとみらい地区」にある巨大観覧車は「横浜博」という地方博の産物です。横浜博後の方が有名になったよーな気がするのだが・・






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大阪万博!!! 【2005/07/12】
そして万博記念公園。 自分どうしても万博記念公園で太陽の塔を見ておきたかったんですよね。万博開催時のカケラはほとんど残ってないというのはもちろん承知、だからこそ余計に見ておきたかったのです。 35年前、日本中のみんなの夢や希望をいっぱいいっぱいに詰め込んで始まった大阪万博、その後の日本はまるで大阪万博の盛り上がりを現実世界に投影したかのように驚異的な発展を遂げ、その後あっけない程に簡単に「バブルの崩壊」と共に終わりを迎えてしまった。

「35年前に作られた未来へのメッセージ」

それを見た自分はどのように感じるのか?何か感じるかもしれないし、何も感じないかもしれない。その答えを探しにオレは万博公園へ向かう!!!! サァ!35年前の夢のカケラ探しだ!!!!!

■35年前の万国博覧会、それはヘリに乗った神主のお清めから始まった。
ちなみに自分、イキオイ余って大阪万博公式ドキュメント「公式長編記録映画 日本万国博」DVD6000円近く払って買ってしまったのですが、あんがいスゴイです!興味ない人にゃーぜんぜん興味ないのかもしれへんけど、まず最初は大阪万博の会場となる「千里丘陵」を工事してる段階からスタート!!!



ダイナマイトで丘を切り拓いてます!!! でもって、



ナンだかすげぇダイナミックです!!!! 余りにも会場がデカイからヘリとかじゃないとやってけないのかもしれんが、ヘリでお清めなんて初めてみたぞ!!!! ちなみに↑の写真じゃよく分かりませんが、ちゃんと塩まいてます!!! でもってよーく見るとこのヘリ、神主さんが二人乗ってるのですが、後ろの神主さんは律儀にもちゃんと、お清めの時とかに使う葉っぱのワシャワシャ を一生懸命振ってます!!!! スゴイです!早くも万博パワー炸裂!!!!

■ちなみに万博公園まで向かう自分はどーしてたかとゆーと、
電車に迷ってました。 新大阪でとりあえず荷物をロッカーに預けた自分は、その後路線図を頼りにひたすら万博記念公園の最寄り駅を目指したのですが、間違って急行電車に乗ったり、乗り換えの電車間違ったり等、なかなか目的地には到達出来ず!!! しかも到着してみたら猛烈な雨。 しかも駅からは更に「バス」で、そのバスは一時間に一本だ!!! 大阪に滞在出来る時間も刻一刻と迫ってきた!!!

どうするオレ!!!

タクシーで行くとなると片道1500円ぐらいらしい!高ぇ!絶対に高ぇ!!! 歩いていけるかどうかを駅員に尋ねてみても「歩いて行った事ないからなぁ・・」と言って首をかしげる!!!

どうやって行くんだ?時間はめちゃくちゃかかるのか? 様々な不安がアタマをよぎりまくる中、自分の眼中に「通りの名前」を表す一本の看板が目に飛び込んできた!!!

「エキスポロード」

間違いねぇ!エキスポって名前がついてるんだから、仮に何時間かかろーとこの道をまっすぐ進めば絶対たどり着くハズだ!!!! 一時間もバス待ってるぐらいならば歩いた方がマシだ!!! こちとら江戸っ子だ!!!! 迷ってるヒマはネェ!行くぜ!行くしかねぇぜ!!!!


というわけでカサも飛ばされるよーなすさまじい豪雨の中(後で知ったのだが西日本で局地的大雨の警報が発令されてた)自分はとにかく「エキスポロード」という道を なんとなくこっちじゃねぇかという方向 に向かってひたすら歩き始める事にしました。やべぇ道がすげぇ空いてる・・

■35年前
自分が雨の中歩いていた道は、ごくごく普通の道だった。35年前の熱狂の面影は何もなく、ごくごく普通の日本の郊外の風景。

自分は飛ばされそうになるカサと格闘しながら、なんとなく35年も前の昔へと想いを馳せてみた。自分が生まれるもっともっと前の時代だ。

今回の自分の場合はバスの本数が少ないという理由で歩いて会場に向かっているのだが、当時はバスが混雑し過ぎてて、徒歩で会場に向かった人も多かったと思う。

恐らく大人達はその混雑ぶりに不満を言いながらも、こども達はこれから触れる未来への片鱗に胸を膨らましてたと思う。

それから35年、

成功した人、失敗した人、幸せだった人もいれば、不幸だった人もいると思う。その時の少年達もみんな中年だ(笑



途中、方向が正しいかどうかを確かめる為に交番に入る。おまわりさんの言う「方向は合ってる!!!」という、励ましてもらってるのか慰められてるのかよく分からないよーな言葉を頼りに更に歩き続ける自分。。雨はいっそう強くなってきて、折り畳みの傘がどこまで持ってくれるかも不安に感じる程だった。

進むにつれて道はゆるやかな坂道に。その坂の勾配に耐えつつ、強くなる一方の雨と風に逆らうように下を向いて歩く自分が、ふと、登りきった坂の上で顔を上げた瞬間・・



見えた!!! 太陽の塔だ!!!!







続くんだなこれが!


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大阪万博!!! 【2005/07/17】
やっとついた。 木々に囲まれた丘から姿をのぞかせる「太陽の塔」はなんだかすごく神々しく見えた。「守り神」←そんなイメージ。
この白く巨大な物体は回りの木々に圧倒的な威圧感を与えつつも、不思議と回りの風景に調和もしていた。暑い日も寒い日も、そして今日みたいな大雨の日も、彼はこうして35年間、回りの木々を力強く威圧していたのでしょう。自分は雨の中、歩みを更に進めた。
途中通った「歩道橋」や「道路標識」、そのほとんどは所々ペンキが剥げ、その剥げた隙間から覗く赤茶色のサビは、なんだか傷口のように痛々しくもあった。手入れが行き届いているとは到底思えない雰囲気。

つか、人いなさ過ぎッスよ!!!!


考えてみたら平日月曜、しかも大雨、常識的に見て人がいなくて当然だわな(笑

しばらく進むと池がありました。


1904年生まれの彫刻家兼プロダクトデザイナー、「イサムノグチさん」という方が製作した「噴水」のようで、テーマは「宇宙空間の夢」、惑星や宇宙船をイメージした6種9基のオブジェは万博期間中はにぎやかに水とか出しまくっちゃってたみたいです!!!

「宇宙」というキーワードが夢や希望の象徴だったあの頃、デザインや色合いから当時の想いはヒシヒシと伝わってくるのですが。。!!! ・・ただやっぱり雰囲気は「寂しい」んですよね(笑

「水が出ない噴水」

なんだか遊ばれなくなったおもちゃみたいだ。

噴水の横の道をしばらく進むと、コンクリで舗装された「広場」のようなところに出てきた。その広場の奥の方に何やら "建物の骨組みの一部" のよーなものが見え始めてきた。



「大屋根」の一部のようです。ちなみに「大屋根」ってのは、



・・なのですが、広場に置いてある大屋根の一部は、やっぱり老朽化してますねぇ・・。仕方ないかとは思いますが、ところどころやっぱりサビてます。




ちなみに後で調べて分かったのですが、この大屋根を設計した「丹下健三さん」という方、なんと古くは代々木体育館、東京都庁、そして新しくはフジテレビの新社屋を設計した人だそーなのです!!!


「近代建築の祖」みたいな位置づけの方のようです。建築界の長島茂雄みたいなものでしょうか?

今年2005年3月に91歳でお亡くなりになられたそうです。

ちなみに↑の大屋根、今でこそそんな珍しくない建物のよーに見えるかもしれませんが、「ボールジョイント方式」という、ボールとボールを使って鉄の棒連結してゆく建築ってのは当時としては相当未来を先取りした建築だったみたいなんですよね。



各界のオオモノが集ってたんだなぁ万博・・


そしてそのまま目線を左に移すと、




・・いるわけですよ、太陽の塔が。。会えたよ・・。やっと会えたよ君に・・!!!


■太陽の塔解説
つか普通にカッケェべ!!! 理屈じゃねぇ!!!背中で既に語ってるよ何かを!!!
「ベラボーなものを作る」 そう宣言し製作に取りかかった彼。「はじめから評価など蹴散らして作った。」 ←そう言い切る彼。そしてこの像は万博に対する「強烈な皮肉」の意味も込められていたそうです。

万博のテーマである「進歩と調和」そのテーマに対して「何が進歩だ!」と強く言い切る。「表面的なだけの進化、馴れ合いだけの調和」、そういったものに対する強い「否定」を、彼はメッセージとして伝えたかったみたいです。

近代建築の大屋根をブチ抜き、ベラボーに巨大な生命体を作る。

「大地からむくむくと生えあがったような。無邪気、おおらかで、宇宙全体と響きあう、根源的な人間像」 ←これが岡本太郎さんの製作イメージだそうです。

確かにむくむく沸き上がってるよ・・。すげぇ・・、無条件にすげぇ・・。

ちなみにあまり知られてませんが、太陽の塔の内部はこのようになってました。



すげぇ!内部もすげぇ!!!!つまり太陽の塔はたんなる「オブジェ」じゃなくて、塔そのものが「展示用のパビリオン」だったみたいなんですね!!!
「太陽の塔のはらわた」と↑を呼んでいた彼、「赤いうろこ」に全体を覆われた塔の内部では、進歩とエネルギーを象徴したと言われる「生命の樹」がそびえ立ち、「アメーバー」から「人類」に至るまでの進化の過程が表現されている。

ちなみにこの塔の内部、もちろん指揮は岡本太郎氏なのですが、実際の製作は「円谷プロダクション」が担当!!! ウルトラマンやゴジラの円谷プロダクションじゃないか!!!! ←これまた特撮界の超巨人!!!!


ここでも超オオモノが登場してきました。やっぱすげぇや大阪万博・・

そして塔の内部ではエスカレーターが稼働しており、それに乗りながら上にあがってゆく事が出来ます。


そして当時はそのまま右手から外に出れたそーです!!!


そして出た先には例の大屋根につながるのですが、そのままそこは「空中テーマ館」となっており、そこでは来たるべき「未来の居住空間」が展示してあるワケです!つまり入場者は下から入って、一番下の「アメーバー」から、三葉虫、恐竜、そして人類へとたどって行って、最後は「未来生活の展示」へとつながってるというワケです!よくできてますね。

ちなみにその「未来生活」として紹介されていたものの一つが「カプセル型住宅」なのですが、その未来への想いは、今では「カプセルホテル」として現代にしっかり受け継がれてしまったよーな気がします。



■太陽の塔の背中側
太陽の塔の背中側には「お祭り広場」と呼ばれる広場が広がっております。


これでもかと言わんばかりに世界のお祭りやよく分からないショーとか連日行われていたらしいのですが、



ホントに祭りだったんだなぁ・・

今でもお祭り広場のあった場所はライブ会場とかにも使われているみたいですね。
そして「太陽の塔」の内部は老朽化はしてるものの、今でも存在はしている(=撤去はしてない)そうです。ただ、一般公開はしてないので、たまーにやる「特別内部公開」とかに応募するしかないようです。

■そして今
それにしても、ほんっっっと雨ひでぇなあ!!! 雨降ってなけりゃぜってぇいい写真撮ってやるのに!!! 塔を取ろうとするとどうしてもレンズを上に向ける事になるのだが、もちろん雨が容赦なく入ってくる。もーマトモにゃ撮れないよ今回。



つかでけえなあ! 予想以上だ!!! こんなでかいとは思わなかった。



一瞬のスキを見てシャッターを押す。 カッケェ!!! 背中すげぇカッケェ!!!! 雨で濡れてるせいか、すげぇ「重み」を感じるぜ!!!



イヤハ!!!! やっぱすげぇヘチャむくれ顔だぜ!!!! 良かった・・本当に来て良かった。。



うむ!実にりりしい!!!! つかホントに雨がやべぇ!カメラ大丈夫か。。?



なんかいきなりキュートな感じになるぞ!いきなり「ちょこんっ」って感じに!!! そういえばこいつ、昔は上の方の顔の目から光りを出してたらしいんだよなぁ・・





それにしてもホントにすげぇ存在感だ。今にも動き出しそう。↓こんな感じで撮ってみると、



今にも歩き出しそう。つかしゃべり出しそう。毎日通いつめたらこっそりオレだけに「悩みの相談」とかにも乗ってくれそうだ。



自分はしばらく大雨の中、ぼーっとこの巨大な物体を見つめていた。

言葉で形容できるものがないのだ。

この世の何者にも似てない存在感、そして強烈なエネルギー。「むくむく沸き上がる」とはよく言ったもんだ!!!

そのまましばらくあえて何も考えずにその圧倒的な存在感に身をゆだねてみる事にした。なんだろう、、自分にも不思議とエネルギーが伝染してくるような気分だ。ノドが詰まったような苦しいような感覚。←きっと自分は今感動してるのだと思う。


この塔、意外な事に、当時の美術関係者やインテリ層からは相当に非難をされてたらしい。ところがそれとは対照的に、一般の観客は皆この塔を深く愛し、今では時代を超えた万博のシンボルにまでなってしまった。


当時彼の作品を "知ったような口調" で非難した美術関係者

それから35年、

彼の作品は残った。


美術関係者の非難の声はもうどこにも残ってない。


■なんとなく、
なんとなーく人と話がしたくなったので、売店のおばちゃんに話しかけてみた。「東京から太陽の塔を見に来た!」と言ったらうれしそうにいろいろ話てくれた!

「当時はほんっっっっとに人!人!人!どこまで行っても人の背中しか見えなくて、飛び跳ねても人の頭しか見えないの!!!」

・・と嬉しそうに語ってくれた。


万博について語るおばちゃんはなんだか幸せそうだった。なんとなくおばちゃんも当時は
↓こんな感じ


・・だったのかなーと想像してみたら何だか急に35年前という時代が身近に感じ始めてきた。万博について話しをしてるおばちゃんは、顔はおばちゃんだけど、何だか小さい女の子みたいだったよ。

あの万博は本当に幸せをいろんな人に配ってたんですね。


■35年前、そして未来
今回自分は太陽の塔をきっかけに自分の心の中でいろんな旅が出来たよーな気がします。調べる事をきっかけに35年前の情熱、そして当時の人々に少しだけだけど触れられたよーな気がします。

不器用だけどまじめでまっすぐだった。

あれから35年、日本人は何かを手に入れたのかもしれないが、何かも失ってしまったような気がする。

それが何なのかは自分は具体的に分からない。

完全に行き詰まってしまった21世紀の日本、テレビをつけても悪いニュースばっかりでどこに希望を持てばいいんじゃい!と叫びたくなってくる

課題はいろいろあるんだ。

だけどね、あの頃のこの国が持ってた熱意や情熱を再び持つ事が出来れば、これから35年後のこの国ももっときっと絶対素敵な国になれるんじゃないかな?

キレーごとだけどな(笑


以上大阪万博特集でした!では!

■おまけ①
このまぬけヅラが・・



■おまけ②
ちなみに大阪万博でまいごになった子供の数は4万8,139人だそうです。



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まったくヨオ! 【2005/06/25】
書く事いっぱいあったよーな気がするのですが、トンと思い出せない そんなこんなでHHC&にちじょうです!!!見てる人がいるようでしたらコンニチハ!!! つか前回の更新からもう二週間カヨ!!!知らねぇよ!認めねぇよ!オレの時間感覚では三日ぐらいしか経過してねぇえんだよ!!!! そんなこんなで人生という長いスパンで考えると、意味があるよーでないよーなコマゴマとした用事に忙殺されまくりな日々、 おおうふ!軽く錯乱気味だぜ!!!!!

■まぁ別にどーでんもいい話しやねんけど、
服買ったのね。


でもって、ヒジョーに上機嫌な一日を過ごしていたのですが、

ああ!ナンてどーでもいい内容!!!! どーりで電車で首筋にアツイ視線を感じると思ったらこういうことかってコトか!!!

でもって更にどーでもいいコトなのですが、↑の写真で中に着てる服、色違いでもうひとつ買ってたのね。



最初見た時、「いいねぇ和風っぽくて!(←和風好き)」と思いながら軽快に着てたのですが、午後になったら自分の胴体がだんだん「鯉のぼり」に見えてきてしまった!!!

「まごい」に似ちゃってるじゃないか!!!! 和風と鯉のぼりはギリギリのラインだったのか!!!
ちなみにぜんぜんどーでもいいコトですが、ウチの母は子供の日とかぜんぜん興味が無かったみたいで、自ら意思表示しない限り鯉のぼりとかカブトとか絶対出てきませんでした。(←家の親は誕生日等、子供系の行事にゃ全く興味が無い) 鯉のぼりとかもいつもブチブチ文句言われながら出してもらってたなぁ。。物干しにひっかけるだけの小さいヤツだったんだけど、鯉のぼりは雰囲気があほっぽくてすげぇ好きやったねん。口とかパカーン!って開いてるし。

反面、クリスマスだけにはやたらと燃えていた母。←逆に自分らはクリスマスにゃーぜんぜん頓着しない子供達だったので (年齢的にプレゼントがもらえなくなった時点で情熱は冷めた)そのヘンで家族の行き違いが軽く生じてました。あと「豆まき」とかもやたらと無意味に燃えてた母。オニとかサンタとか空想上の生き物がからむ行事全体が好きなのだろーか? ちなみに自分は「サンタ」という単語を人生初に耳にした瞬間、「あれは親父だ。」と同時に兄貴に説明受けてしまったので、サンタを信じた時間は一秒もありません。夢の無い子供だ。同時に「欲しいものがあったら親父にアピールだ!!!」と兄貴に入れ知恵されていたので、ますます夢の無い子供になってしまった。娘にゃーそういう事すんなよ兄貴!

■その他
コンなモノも購入



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